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「松江路子」③

更新日:2023年7月28日

 そして、現在も同じ眼差しで私を励ましてくれているのです。「主に仕える喜び」とは、この確信から生まれるものではないかとつくづく思うのです。

 今年の修養会のテーマは「教会って素晴らしい!」です。教会はイエス様が信じるに値する方であることを日常生活で表す者たちが集まるところで、アーバイン教会のように目に見える形の教会があり、また、一世紀から今に至るまでの、時や場所を超越したイエスキリストの体でもあります。ところが、人間であるという事は、大変です。人間であるという事は勇気のある事です。なぜなら、人間には最初から人生をコントロールする能力なんてないからです。赤ちゃんを見ればそんな事は一目瞭然です。でも、私たちは成長するにつれ、何事か上手く行き始めると、なんとなく人生をコントロールできるかのような妄想に囚われます。でも、地震や津波で全財産をなくしたり、交通事故に遭って半身麻痺になった時に、実は全くコントロールできないのだ、と知って愕然とします。

 イエスが今も昔も変わらない神と信じることは、自分が人生をコントロールできることではないし、人生望む様に生きることでもないのです。けれども、信じることによって、少しずつ生きることの不安や恐れが消えていくことだと思います。自分に託されたこの「人間」というコンディションを「生きる」勇気を与えられる様になるということです。そればかりでなく、その「生きる」という事が「愛おしい」とも思える様になるのです。それはイエス様が今も生きておられる神と信じた時に得られる掛け替えのないものであると思います。

 しかも極め付けは、自分一人で信じるのではないということです。他にも私と共に主イエスを信じる仲間がいるのです。私の信仰が揺らいだ時に、私の為に祈ってくれる人たちがいるのです。だから教会は素晴らしいのだと思います。

 最後にヘブル書の祝祷で証を終わります。「私たちの主イエスを死者の中から導き出された平和の神が、あらゆる良いものをもって、あなたがたを整え、みこころを行わせてくださいますように。また、御前でみこころにかなうことを、イエス・キリストを通して、私たちのうちに行なってくださいます様に。栄光が世々限りなくイエス・キリストにありますように。アーメン」(十三・20〜21)。


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