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二つの初めて

更新日:2023年7月28日

 六月初旬のことだ。車の十万マイルの点検で、オレンジ郡教会の近くで懇意にしているメカニックに持っていき、朝、そこから久しぶりに家まで歩くことにした。八年振りのことであり、昨今のルートがどのようになっているかを知りたかったからだ。オレンジ郡教会にいた頃は、早天祈祷会のために、毎朝、片道三十分かけて往復歩いたものだ。今回、僕は初めて二つの経験をした。

 一つは、道を横断する際に、ストップサインを持ったボランティアによって道路を安全に渡らせてもらえたことである。今は学校が夏休みに入っている時期なので、通学する子供たちがいる訳ではないが、そこは近所のカトリック教会の朝の祈祷会に多くの信者さんたちが出席するためにトラフィックが多く、そのためにボランティアがいるようだ。その時は僕一人だけだったのだが、道路脇の椅子に座っていたボランティアは近づく僕に気付いて立ち上がり、自ら先に歩いて安全に渡らせてくれた。僕は嬉しくなって彼に心からの感謝をした。

 もう一つは、サイプレス市のコミュニティ・センター前の道路に、数年前から歩行者専用のサインと道を渡る際のボタンが新たに設置され、それを押すと黄色信号が点滅して、交通量の多い道路を安全に渡ることができる様になっている。実はそのようなボタンを押すのも初めてのことだった。久しぶりに自分の足で街中を歩いてみて、車を運転している時には気づかなかったトラフィックサインやボランティアの存在などその大切さを実感することができた。

 黙示録に「あなたは初めの愛から離れてしまった」(二・4)とある。これは、神がヨハネを通してエペソの教会に与えた戒めの言葉であるが、主を信じた時の熱い思いを忘れずにいて欲しいという主イエスの心からの願いである。とかく私たちは年月と共に、初めの愛を忘れやすいものだし、その愛を持ち続けることは容易ではない。では、どうしたらそれを維持できるのであろうか。ヨハネは続けて言う。「どこから落ちたかを思い起こし、悔い改めて初めのわざを行え」と。つまり、どこから離れたかを思い起こし、悔い、実践することだという。初めて神の愛を経験した時の溢れるばかりの感謝と賛美を持ち続けるために、救い主イエスと共に歩み始めた時の喜びを忘れずにいたいものである。

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