辻井伸行という全盲のピアニストがいる。二〇〇九年テキサス州フォート・ワースで開かれた「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」で優勝して以来、世界を駆け巡って演奏活動に勤しんでいる。このコンクールは、オリンピックにおけるメダル争いに匹敵するような超難度のレベルだという。それにしても、長時間に及ぶオーケストラとの共演やソロコンサートなど、彼がどうして完璧に演奏できるのか驚きである。彼は生来の盲目なので、楽譜を読むことができない。全て暗譜である。絶対音感が身についていて、耳で聴いた音楽を一回で覚えて弾いてしまうのである。奇跡の人といわれるゆえんである。
ある日、医師である父が息子の伸行に質問したことがある。「一度でもいいから、君の目が見えたら、何を見たいの?」と。伸行は即座に「お母さんの顔!」と言ったそうだ。その話をしながら父は涙ぐんでいた。愛する者との出会い、目と目を合わせて会うことに勝る希望と喜びはない、ということであろう。
イスラエルと呼ばれたヤコブは最愛の子、ヨセフと別れてすでに十五年近かった。ところが、エジプトに食料を得るために遣わした我が子たちから、その子が生きていると直接聞いた。やがて、ヨセフに会った時にヤコブは彼に言った、『あなたがなお生きていて、わたしはあなたの顔を見たので今は死んでもよい』」(創世記四六・30)と。もう死んだと思っていたわが子と会えたのだから、感激もひとしおであったろう。さらに、ヨセフは若い頃に夢で示されたように、地位の高い人物になっていた。しかも、エジプトの王に次ぐ地位にである。
ヤコブのように、もう死んでも良いほどの満足というのは、愛する者との出会いから来ている。愛こそが人の心を満足させるからである。そればかりではない、以前、夢を通して神がヨセフに語られたように、この世界は神のお言葉通りに進んでゆくという神のご真実を目の当たりにしたからではあるまいか。神は私たちの背後で、み旨通りに着実に物事を進められるお方だからである。
私たちは、やがてこの究極の喜びを天にて味わうことになる。しかも、その喜びはダブルの喜びだ。愛する者と再会する喜びと、あなたを誰よりも愛する主イエスとの出会いだ。その時には主を囲んで跳び上がって喜ぶことであろう。
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