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犬養道子 ②

 モンロビアは、終点ロサンゼルスから、超特急のスピードでなら半時間ばかりの手前にある、1日に鈍行列車の客10人がいても、今日はみいりがいいと駅長のよろこぶような小さな駅であった。が、その町は常夏清澄のカリフォルニアの中でもぬきん出て、空気のよい谷間にあったから、名だたる結核サナトリウムが10近くもひしめいて建てられていたのである。「ふむ」と黒人のボーイは呟いて姿を消した。まもなく白人の車掌と一緒に戻って来た。白人は娘に聞いた、「モンロビアに行きなさるって? ロスからどうやって?」「バスで」と留学生は言った。「バスは1日に何本出るかしら…この汽車がロスに着いたあと、すぐバスがあるといいんだけれど」「バスは多かあないね」と白人は言った。それきりだった。白人も黒人も行ってしまった。女子留学生も、それきり、この会話のことは忘れてしまった。思い当たったのは、いよいよ明日の朝は終点ロサンゼルスに到着する、夕方であった。紅と紫に燃えたつ美しくもおそろしいグランド・キャニオンを渡りおえたとき、車内アナウンスがあったのだ。

 留学生は吐き気と咳になやまされながら、このときも、ぐったりとベッドに横になって聞いていた。アナウンスはこんなことを言いはじめた。「車内の皆さまに申し上げます。列車は明朝終点に着きます。ですが、終点ロサンゼルスの手前、時間にして30分の地点のモンロビアに停車します。ご承知のとおり当列車はふつうなら終点までノンストップですが、そこで1分間、停車します」。へえ、停車するの、そんなこと知らなかった、と留学生はぼんやり考えた。それならそれとあの車掌、言ってくれたらよかったのに。ところが、次のアナウンスを耳にしたとき、彼女はびっくりして吐き気も忘れて起き上がったのだった。

「車内の皆さま、この列車には、病気で、モンロビアの病院に行く日本人留学生が乗っております。大へん苦しいらしいのです。ロサンゼルスからバスでモンロビアに行くのは、彼女にとって大へんなことなのです。そこで、乗務員一同は昨日ワシントンの鉄道省本部に電報を打ち、彼女のための臨時停車の許可をお願いしました。返事はただいま着きました。『停車せよ』と。『モンロビア駅長への連絡及び留学生のための担架手配は本省がすでに行った』と。

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