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キリスト教とは ⑤

更新日:5月3日

 ルカ福音書五章に、全身ツアラト(らい病)にかかった人物の記事がある。ひと昔前の日本でもそうであったが、この病を患った者に近づくことは愚か、社会からも隔絶された。しかし、きよめられることを願い出たこの人に、主イエスは敢えてご自身の手を伸ばして触れ、彼の病を癒やされている。人々から見捨てられ、忌み嫌われる病も、主の愛と憐れみを止めることはできなかった。

 同福音書八章には、主がガリラヤ湖の対岸で悪霊に憑かれた人を癒やされた記事がある。この人は墓場に住み、鎖と足枷でつながれていたが、主は皆から見捨てられていた彼一人の救いのために、敢えて波濤を越えて行ったのだった。

 さらに、同福音書十五章には有名な「放蕩息子」の譬え話がある。父の存命中に遺産を要求して、その金で外国に行き、放蕩の限りを尽くした挙句、ボロボロになって帰って来た息子を、父は文句一つ言わずに心から迎え入れている。

 ヨハネ福音書四章で、ユダヤ人の嫌っていたサマリヤのスカルの地を訪れ、そこに住む罪深い女性に、ご自分が「生ける水(永遠の命)」であることを告げた記事がある。その時、主は「あなたと話しているこのわたしが、それである」とおっしゃり(26節)、モーセ以来、神しか使ってはならないとされていた「エゴー・エイミー」(わたしはある、の意)を用いている。サマリヤ人の、しかも罪の女性に、この言葉を使われたというのは驚くべき謙遜と憐みである。

 また、使徒行伝には、異邦人の百人隊長コルネリオの話が記されている。彼は信心深く、神を敬う人物であった。ユダヤ人は本来、異邦人とは交流しなかったが、神は使徒ペテロにコルネリオの所に出向くようにお命じになった。それは、貧しい人々に「施し」(一〇・31)をしていたコルネリオに対し、神の救いを届けるためであった。ここにも貧しい者に対する神の愛の配慮を見る。

 実は、聖書において「貧しい」という言葉の同義語が、「へりくだる」(詩篇二五・9)である。つまり、神の前に貧しいとは、「へりくだること」なのである。神はそのような人に対して、救いという祝福を施し、豊かな愛と憐れみを示される恵み深いお方なのである。鳥も直さず、主イエスご自身こそが、へりくだりの生涯を歩まれたお方だったであったことを忘れてはなるまい。

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