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スラム街の二世伝道師

 今回はシカゴ在住の鈴木光夫牧師からの記事である。日系二世の牧師が身を挺して主の愛を伝えて行ったという話に感動する。偉い人がいたものだ。

 「かつて、シカゴ・ダウンタウンの西側の端近くから、ウェスト・マディソン通りの西に沿ってスラム街があった。現在その場所はスポーツセンターやその他のビジネスが盛んで、明るい区域となっているけれど、1965年当時は、まだ人はそこを恐れて近づこうとはしなかった。その頃、私は危険を感じながらもそこを徒歩で訪れたことがあった。大部分の窓ガラスは、割れたままで悪臭が漂い、荒れ果てた悲惨な有様となっていた。1950年から1960年代にかけて、アメリカは史上最高の経済的繁栄を謳歌していた時代であり、就職しようと思えば、いつでも仕事が得られた時であったが、かたや、差別されたり、無気力で何もする当てのない人々は、ただブラブラするだけであった。これはシカゴだけのことではなく、他のどの大都市にも見られた光景であった。

 そのシカゴのスラム街で二世の牧野明伝道師が伝道をしていることが分かったので、教会に招いて日英両語で先生の話を伺った。路上に横たわっている人たちの悩みを聞いて相談にのり、酒場に入って酒の代わりにジュースを飲みながら人々の心のうちを聞いてあげ、救い主イエス・キリストを紹介して必要なサポートをし、社会的に立ち直るようにしていた、と話してくれた。『襲われるような危険なことがありましたか?』との質問に、『はい、幾度も襲われかけたけれど、そこにいる仲良くなった人たちがいつも守ってくれました』と答えていた。そこにいる多くの人たちは、人生の目的が無く、淋しがり屋で、生きる意味も知らずにいた。ところが、牧野牧師の伝道で人生が変えられた人たちは、人生の目的と生きていく意味を見出して生きる力を与えて下さるのは、救い主イエス・キリストであることを周りの人々に伝えていた、と牧野師は語った」

 クリスチャンは、主の愛によって人生が変えられた人たちなので、救いの喜びを、是非とも他者に手渡したいと願うのである。「 主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った」(1ヨハネ3・16)とある。人を変えるのは神の愛だと信じるからである。

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