タッキーのやっぱり聖書でしょ「信仰+Nothing=救い」
- Rev. Jun Takii
- 1 日前
- 読了時間: 2分
信仰+何々=救いではない。そこに何か足したらいけない。イエスの死が無意味になってしまう。グッドニュースではなくなる!恵みから落ちてしまう。律法に逆戻りしてしまう。
天国に行く2つの方法
①すべて救いを完成してくれたイエスを信じる。(←これしかないですが。)
②律法を完璧に達成する(←絶対に無理なんだけど)・・・もしこれで天国に行ったら「ちょっとそこどいてよ」と神に言って、神の席を奪おうとする。
ガラテヤ2:15-21でパウロは
「律法ではなく、イエス・キリストを信じることによって義と認められると知って、我々ユダヤ人もイエスを信じた。肉なる者は誰も、律法を行うことによっては義と認められない!この神の恵みを無にしてはいけない。キリストの死を無意味、無駄死ににしてはいけない!」と。
札幌農学校に初代教頭として招かれたWilliam Smith Clark。クラーク博士の「Boys, be ambitious.青年よ、大志を抱け」は非常に有名ですね。
彼が着任する以前は、札幌農学校には色んな校則があったようですが、彼はたくさんあった校則をたった一つにした。
それが彼のもう一つの有名な言葉である、「Be gentlemen」です。紳士たれ、と。ごちゃごちゃしたたくさんの校則を守るのではなく、「自分が紳士だとしたら、どう振る舞うか、を考えなさい」と。それだけ!
マタイ22:36-40 キリスト教も同じです。イエスは律法の中でどの戒めが一番重要か、と問いに対して以下の2つを言われました。これらのたった2つの戒めに律法と預言者の全体(旧約聖書)がかかっている、と。
①「あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」
②「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。」
それだけ!
キリスト教はDo's and don'tsではないんです。
「何々をしてはいけない、何々をしなくてはいけない」、ではなく、「どうやったら神をもっと愛せるか?どうやったら隣人を自分自身のように愛せるか?」それらにフォーカスしていきたいですね。
「クリスチャンとして何をどこまでやっても赦されるのか、どれくらい悪いことしてもOKか?」、ではなく、「どれだけ神に近づけるか」という方向に進んで行きたいですね。

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