タッキーのやっぱり聖書でしょ
- Rev. Jun Takii
- 2 日前
- 読了時間: 3分
神に不可能な事はない。神はあえて絶望的な状況や不利な状況を作られて、あえて相手にハンデを与えてそれらを覆される方。勝ち目が無いような状況にて、あえて弱い者たちを用いて神の御業を成してこられました。
聖書に数えきれないほど、神が介入されて人の力では無理な状況を覆した話、奇跡は出てきます。
聖書の中にたくさんある話の中から、数例紹介します。
・エリヤ対バアルの預言者たち 1列王記18
1人対450人という人数的には不利な状況で、雄牛に対して火を持って答える神、その方が神であるという挑戦(24節)。そこで終わらず、エリヤはあえて4つの水がめかに、三度も水をぶっ掛けたのに、エリヤが祈ったら主の火が降り全てを焼き尽くした!相手が何人いたとしても、そんなの関係ない。反対者が何人いようとも、一人でも神と共にいたらマジョリティです。
・ギデオンの300人 士師記7章
135,000人のメディアン人兵士 vs.300人のギデオンの兵士
元々は32,000人いたイスラエルの兵士を、300人にまで減らしたのが興味深いです。
まずは恐れおののく者を帰らせた。22,000人が帰っていった。残りの10,000人でもまだ多いと主は言い、兵士たちを水辺に連れて行き、そこで飲むために膝をつく者たちも帰らせた。水を飲むのに手で口に水を運んですすって飲むような腰の悪い、あえて使い物にならないような兵士たちを用いた。(彼らは決してデルタフォースやグリーンベレーのような精鋭部隊ではなかったと思います。)
なぜでしょうか?その答えは、2節にあります。
「イスラエルが『自分の手で自分を救った』と言って、神に向かって誇るといけないから。」
・ツァラアトにおかされた社会からつまはじきにされた4人が、アラムの陣営に入って行った 2列王記7章
サマリアが包囲されていた時、この4人が「そうせ死ぬんだから、いっちょやってみよう」と、あえてダメ元で敵陣に入って行った。そしてアラムの陣営を勝ち取った。
・イエスの12人の弟子たちの選び
この世でのイエスの公生涯は1回勝負なのに、あえて無学な普通の人たちを選ばれた。宗教の専門家や、エリートたちの中から弟子を選ばれなかった。ごくごく普通の大した教育も受け手ないような若者達を選ばれた。
今でもどういう人たちを選ばれているか?あえて、何か特別な知者たちではなく、力ある者でもエリートでもなく、カネも能力も地位もある者たちではなく、普通の我々のような愚かで弱い者たちを神は選ばれているのでは?(1コリント1:26-28)
それは肉なる者が、誰も神の御前で誇ることがないようにするため(1コリント1:29)。
神の力は弱さのうちに完全に現れる、とパウロは言いました。だからキリストの力が我々をおおう為に、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇っていきましょう!(2コリント12:9)



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