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タッキーのやっぱり聖書でしょ

プライミング効果という言葉をご存知でしょうか。これは、あらかじめ受けた刺激(情報や体験)が、無意識のうちにその後の行動や判断に影響を与える心理効果のことらしいです。

子どもの頃、こんなクイズを出しませんでしたか。

「ピザって10回言って」

「ピザ、ピザ、ピザ……」

肘(ひじ)を指差して、「ここの部分をなんて言う?」

「ひざ!」

「ブッブー! 膝(ひざ)はここですー! 正解は肘(ひじ)でした」

本来なら簡単に「ひじ」と答えられる問題です。ところが、最初に「ピザ」と10回言ったために、相手は「ピザ」と「ひざ」の言い間違いを誘う問題だと思い込んでしまい、答えを間違えてしまいます。


それとか、中国語の音韻変化や漢字の読み方の法則から、「北の京はペキンと読み、南の京はナンキンと読みます」という流れで、「じゃあ、東の京は?」と言うと、「トンキン」と読んでしまうことがあります(笑)。まあ、これは語呂や字面の一貫性から生まれる、とても自然な連想だそうです。でも、自国の首都さえも読み間違えてしまうという……。思い込みってすごいですね。


ボクたちは誰でも、いつも何らかの思い込みを持っています。それは、先入観、固定観念、決めつけなどとも言い、さらに進むと、偏見などにもなり得ます。

礼拝でのメッセージ箇所はヨハネ10章に入っていますが、ここまで何度もイエスは、父なる神と一つであること、つまり同じ性質を持つ方であることを告げます。しかし、それを聞いた人たちは、イエスを信じなかったばかりか、神への冒涜だとして、殺そうとさえします。ただイエスのその言葉を聞いていただけではなく、彼が行った奇跡を間近で見ていたのに……。そこには、イエスに対する先入観というか、決めつけが、まずあったに違いないと思います。「メシアとして来られるのは、こういう方だ」「イエスのように安息日を破るような人ではない」という思い込みです。

どんなに聖書が素晴らしいことを言っているとボクらが伝えても、どんなにクリスチャンであることが恵みに満ちていることだと言っても、最初からそれを信じようとしない人たちにとっては、何を言っても、その時は信じないでしょう。

でも、ボクらが蒔いた福音の種が、今はここで芽を出すことがなくても、いつかその種がその人の心の中で成長していき、やがてイエスを信じるという信仰が表に出てくることがあると思います。


大多数の日本人にとって、イエス・キリストや教会、聖書は「外国のもの」「日本人の神ではないもの」というイメージを、小さい頃からいろいろと聞かされ、叩き込まれて育っているのではないでしょうか。

日本人伝道って、本当に根気がいることです。日本で生まれ育った人たちの先入観や固定観念を変えていくには、時間がかかるからです。それは例えば、「特定の宗教を信仰していない(無宗教である)」という自認や、宗教一般や特に新興宗教に対する「怖い」「怪しい」という警戒感です。また、「無宗教=正常」という考え方もあります。

「宗教アレルギー」は、かなり多くの日本人が持っていると思います。でも、その中でも、やはり真理を追い求めている人たちが多くいることも事実です。これまで何のキリスト教的なバックグラウンドもなかった日本人に聖書の福音を伝え、彼らがイエスを神と信じるということは、本当に奇跡以外の何ものでもないと思います。


ボクらの聖書知識や伝道への熱心さだけで彼らが信じるようになるのではなく、やはり神様が介入してくださらなければ、イエスを神と信じるのは無理なのだと思います。この南カリフォルニア、特に南オレンジカウンティに住む日本人への伝道の働きにおいて、神様に介入していただき、知恵と力と助けをいただきながら、やっていけるように祈っていきましょう。そして、何か示されたなら、ぜひ準備が完璧にできていなかったとしても、能力がなかったとしても一歩前に出てやっていきましょう。

「神様、私の足りないところ、できないところはあなたにお任せします。どうか助けてください。あなたがやってください!」

そんなへりくだりの心とともに、一歩を踏み出していきましょう。

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